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先日熱海温泉に行ってきました。

熱海温泉は雰囲気が明るく、足の便もいいのでよく訪れます。

(熱海の海岸)

 

10年程前はバブル崩壊で客足が減少し、休業や倒産に追い込まれたホテルの跡が

そのままに放置され、何となく暗い雰囲気でした。

近年は徐々に整備が進み、以前の明るい雰囲気になってきました。

 

何回も来ている熱海温泉ですが、考えてみればただ温泉に浸かり、食事をし、海岸

や商店街を散策するだけで、熱海のことについては何も知りませんでした。

 

それで今回は、熱海について少し調べてみようと思いました。

《熱海温泉の歴史》

熱海は歴史的にも古い温泉です。

 

仁賢天皇の時代、海中から熱湯が噴出し、魚が爛れ死ぬのを近郷の者が発見、以来

「熱い海」であることから、「熱海」と名付けられました。

 

天平宝字時代(西暦749年)に箱根権現の万巻上人が、海中に湧く温泉を熱海の中

腹に導き漁民および魚介類を救おうと志しました。

 

祭壇を設け、薬師如来に祈祷し、現在の間欠泉の地に泉脈を移し、守護神の社とし

て、湯前神社をつくり一般の人が温泉の恩恵に浴することができるようにしたこと

が熱海温泉の始まりとされています。

 

《関白豊臣秀次》

1593年(文禄2年)豊臣秀吉の養子の豊臣秀次が25歳の時喘息の治療のため40日余

り熱海に湯治に来ました。

秀次の喘息は一時良くなりましたが湯に入りすぎて、悪化してしまったそうです。

なお秀次はその2年後悲運の最後を遂げました。

 

《徳川家康》

徳川家康は1604年、子供を連れ、湯治のため熱海を訪れ、その後江戸城に熱海温泉

の湯を運ばせました。

以来徳川御用達の名湯として名を馳せ、各地の大名が頻繁に熱海温泉を訪れ全国的

に知られるようになりました。

 

《金色夜叉》

明治以降は文人などが多く訪れ、多くの作品が熱海を舞台に描かれました。

最も代表的なものは尾崎紅葉の「金色夜叉」で、この作品によって熱海の名は全国

的に知られるようになりました。

他に永井荷風の「冬の日」林芙美子の「うず潮」などがあります。