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(寿徳寺境外墓地にある近藤勇の墓)

板橋駅東口を出るとすぐ目の前に大きな旗がひらめいている小公園

風の一角見えます。それが近藤勇の墓所です。

 

近藤勇の足跡を辿ってみると

・幕府の浪士隊募集に集まった近藤勇 土方歳三 沖田総司らの試

衛館グループが将軍上洛の前衛として出発したのが、板橋宿でし

た。

 

・京都で新撰組を結成し、尊王攘夷派の取締りを行い、「池田谷事

件」などでその名を上げました。

 

・彼らはそのほとんどが農民や町人出身者にもかかわらず代々の旗

本よりも将軍家に対し忠誠が厚かったと言われております。

 

・また武士ではありませんでしたが、非常に規律が厳しく「武士よ

りも武士らしく」という意識が強かった。

 

・そのため殺した敵は26名に対し内部規律違反で粛清した隊士は

40名にも上りました。

 

・その後薩長との鳥羽伏見の戦い、勝沼の戦闘に敗れ、近藤 勇は

下総流山の陣から官軍板橋本営に出頭する途中捕らえられまし

た。

 

・その当時の官軍板橋本営の隊長は土佐藩出身で、先輩の坂本 竜

馬を暗殺したのは新撰組だと信じていましたので、近藤の斬首を

直ちに決定し実行されました。(享年35歳)

 

・斬首された近藤 勇の首は京都に送られ三条河原でさらし首にさ

れました。

 

・そして胴体のみが寿徳寺境外墓地に埋められたといいます。

(永倉新八が建立した近藤と土方の墓)

 

・本年(2018年)は近藤勇の151回忌で、本日4月25は命

日にあたります。

 

・本年4月22日には近藤 勇百五十一回忌の供養おこなわれる予

定です。

(近藤 勇の石像)

私は小さいころから「鞍馬天狗」や桂小五郎などの出てくる映画を

よく見ており「新撰組」は悪の人斬り集団でしたが、近藤勇は何と

なく「話せばわかる」というような存在でした。

 

 

・今回その近藤 勇の縁の地を訪ね感慨がひとしおでした。