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「東京の旧石器人をたずねて」

今回は尾崎遺跡です。

 

《春日小学校》

練馬春日駅で下車し、駅前の交番で、春日小学校の場所を聞き、歩き出しました。

 

しばらく歩いたところで、少し不安になり、3人で前を歩いていた娘さんに、「春

日小学校はどこですか?」と聞くと「私たちの学校で、今から行くところです」と

いうことなのでついていくことにしました。

 

最近の子供たちは大人に話しかけられると極端に警戒しますが、そんな素振りもな

く、学校に着くと、私達を少し待ってくれ「ここです」と案内してくれました。

 

 

その日は小学校の運動会がありそういえば道すがら応援の大きな声が聞こえまし

た。

 

私達が着いた時は午前の部が終わり、ちょうどお弁当の時間に入ったところでし

た。

(春日小学校の運動会のお弁当の時間―懐かしいナー)

 

校門で運動会の整理をしていた父兄の方にお聞きすると、普段の開校日は尾崎遺跡

の展示室が開いているのですが今日は運動会のため閉じているそうです。

(春日小学校の入り口にある尾崎遺跡の案内板)

 

尾崎遺跡は春日小学校建設時に発見されました。

和54ネから55年にかけて調査が行われ、旧石器から、縄文、弥生、戦国、江戸時代

に至る複合遺跡で、関東ローム層下部から二千点に及ぶ旧石器が発見されました。

その発見された遺跡が先ほどの展示室に展示されているのです。

(春日小学校の校舎)

 

《現在の工具の原型)

それらの旧石器は斧、ハンマー、ノミ、キリ、ナイフ、槍など目的に合わせ多種の

形に作られ、現在のほとんどの工具の原型が現れているそうです。

 

また一緒に発掘された植物化石や石に含まれている花粉の分析によって、トウヒ、

ゴヨウマツ、モミ、ミズバショウなどの寒冷地植物が主体であることがわかり、ゴ

ヨウマツの放射性炭素による分析で、一万四千年以前の氷河時代ということが判明

しました。

 

尾崎遺跡の人々は、シベリアのツンドラ地帯にすむ狩猟民とよく似た生活をしてい

たのです。

 

 

《やはり石神井川》

この尾崎遺跡もやはり石神井川に面しております。

(尾崎遺跡の近くを流れる石神井川)