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池上通りをさらに行くと、品川歴史館の看板が見えます。

(品川歴史館の看板)

 

品川歴史館は昭和60年に開館し、何度かリニュアールし現在に至っています。

 

ここでは東海道第一番目の宿場町として栄えた、品川宿を中心に、原始古代から現

在に至るまでの品川の歴史に関するものが展示されています。

 

もちろん大森貝塚に関する資料もたくさん展示してありました。

(大森貝塚の説明書き)

ひときわ目につくのは「大森貝塚貝層の標本」です。出土した貝が輝いており幻想

的な雰囲気を醸し出しています。

(大森貝塚貝層標本)

縄文土器も展示されており、モース博士に関する資料もたくさん展示されておりま

した。

(出土した縄文土器】

(モース博士に関する資料)

 

モース博士は1879年に来日してから、二年二カ月の短期間で、考古学の種をま

いただけで帰国してしました。

 

その原因の一つに大森貝塚発掘の不快な反響があったと考えられています。

 

それは大森貝塚から発掘した人骨が、短く折れていたり、切り傷のついているとこ

ろから、モース博士は縄文人は人肉を喰ったのではないかと想像しました。

 

その「縄文人食人説」がモース博士に対する中傷や論争をを引き起こし、それが博

士の帰国を早める原因になったのではないかともいわれております。

 

また館外には大井鹿島遺跡の住居跡を型取りした住居跡があります。

(住居跡)