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《仁和寺》

哲学の道を2時間近く歩き、いささか疲れましたが、頑張っ

て次の「仁和寺」に行きました。

(仁和寺の桜と五重の塔)

仁和寺は888年に59代宇多天皇により創建された、真言

宗御室派の総本山で、平成6年に世界遺産に登録されまし

た。

 

宇多天皇は譲位後出家し、仁和寺第1世宇田法皇となってか

ら、皇室出身者が仁和寺代々の門跡(住職)を務め、平安~

鎌倉期には門跡寺院として最高の格式を保っておりました。

 

しかし応仁の乱でほとんどの建造物が焼失してしまいまし

た。

 

長い間そのままになっておりましたが、江戸時代に入り上洛

していた三代将軍徳川家光に再興を申し入れ、承諾されまし

た。

1646年に伽藍の再建が完了し、やっと創建時の姿に戻る

ことができました。

 

仁和寺には染井吉野やしだれ桜のほかに「御室桜」がありま

す。

 

私達が訪れた時も「御室桜」はまだ咲いておりました。

「御室桜」の特徴は遅咲きで背丈が低いことです。

本当に背が低くほとんど人間の高さと同じくらいです。

 

背丈の低い原因ははっきりしたことは分からないらしいです

がおそらく土中の酸素や栄養分が少なく、桜が根を伸ばせな

いことらしいです。つまり栄養失調です。

この日もお坊さんと住友林業のジャンパーを着た人数人が桜

の側で何やら調査をしている様子でした。

 

私はフト確か高校時代に習った徒然草に仁和寺のことが書い

てあることを思い出しました。

しかし境内をを見回してもそのような兆候は見えません。

 

宿に帰ってから調べてみると、ありました!「仁和寺の法

師」と「これも仁和寺の法師」という書き出しの文章が二つ

見つかりました。

兼好法師は仁和寺の近くに住んでおったそうですが二つの話

はいずれも仁和寺の法師のアホさを書いた内容でした。

一つは「仁和寺の法師、年よるまで、石清水を拝まざりけれ

ば・・」ではじまり肝心なところを参拝せず帰ってきてしま

い、人に自慢したという話です。

 

もう一つは「是も仁和寺の法師、童の法師にならんとするす

る名残とて・・」はじまる話です。

酒を飲んで足鼎(足のついた食べ物を煮る金属の器)を頭に

かぶり、それが抜けなくなって大騒ぎする騒動を描いたもの

です。

 

だから境内に何の兆候もなかったのかと、うがった見方をし

てしまいました。

 

なお門前でもらった試食の山椒チリメンがいつまでたっても

口の中に刺激的な味が残り、帰りに買って帰り、酒の肴に

し、うまい酒が飲めました。