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前回は企業経営にとって最も重要なものは「正しい経営戦略である」という話をしました。

今回は、アメリカの映画産業の盛衰を題材にして経営戦略について考えてみたいと思 います。

△アメリカ映画産業の栄光と衰退
・1930年から40年代にかけてのアメリカの映画産業は「ハリウッド黄金期」と言われるほどの栄華を誇りました。

・ハリウッドという映画の都市をつくるほどのありあまる資産

・きらびやかな俳優陣、著名な映画監督、優秀なカメラマン、卓越したシナリオライ ターなど豊富な人材

・世界最高の映像技術

・そして「風と共に去りぬ」「駅馬車」「市民ケーン」「カサブランカ」など映画史 に残る作品を次々とヒットさせました。

まさに資産も技術も人材も完備していたわけです。

しかし第2次世界大戦後映画産業は衰退し、つぎつぎと倒産や閉鎖に追い込まれていきました。

△Tレビット博士の「ーマーケティング近視眼」

*Tレビット博士はなぜハリウッドの映画は斜陽化し、次々と倒産してしまったかを 研究し「マーケティング近視眼」として発表しました。

*それまで映画が衰退したのは居ながらにして楽しむことができるテレビの出現が原 因と言われていました。

・しかしレビット博士は映画産業が衰退したのはテレビの出現などではなく「間違っ た経営戦略」が原因であると主張しました。

・もっとうまくに対応していれば映画産業はさらに成長し、第2の黄金期を迎えられ たはずだと言っております

*テレビの出現に対し映画会社が取った手段

①大作主義
・テレビは小さい箱の小画面でしかも白黒画面、名もない俳優ばかりで技術も稚拙

・そこで映画の特徴を生かし、テレビでは作れない、オールカラーで大画面しかも有名な俳優をそろえた映画を大金をつぎ込んで制作しました。

・しかしこの大作主義は大失敗におわりました。

・テレビの便利さになれた大衆は映画館には戻って来なかったのです。

・映画会社の大作主義は経営の足を引っ張り、映画会社は大赤字に陥り、会社の体質を弱体化させてしまいました。

②敵視主義
・映画会社がとったもうひとつの政策はテレビを敵視するものでした。

・テレビは小画面で白黒の小さな箱だとはいっても、家庭に入り込んでお り、侮れない存在と思っていました。

・そこで自分たちが持っている豊富な資産(スター俳優、著名な監督 優 秀なカメラマン、シナリオライター)をテレビに使わせないことにしました。

・無名の大根役者が小さな画面で、ちょちょこ演じても人気が出るわけは ないと判 断ししたのです。

・そのためテレビ会社は自分のところですべてを賄わなければならず、仕方なく自前で俳優、監督やカメラマン、シナリオライターを育成しました。

・テレビの技術が徐々に向上し、テレビの人気が高まり、回数多くテレビに出演した 役者が次々とスターになりました。

・多くの優秀な人材がテレビ界に流れ込んできました。

・その結果映画会社はテレビ会社に対し優越する何物も持たなくなってしまいまし  た。

・そのことがより一層映画会社の斜陽化をすすめる結果になってしまったのです。

△映画会社がとった戦略は間違った戦略と言えるでしょうか?

・アメリカの映画会社がとった大作主義と敵視主義はは本               当に間違った戦略と言えるでしょうか?

・実は同じ行動をとっていることが多々あります。

・いささか古い話になりますがスーパーマーケットが勃興し全国に店舗を展開した時 期、多くの既存の商店はおなじ戦略をとりました。

*大作主義

・よい商品を安く、サービスを込めて販売すればお客様はスーパーに流れることもない。

・一時的に離れても必ず戻ってきてくれるはず
 という大作主義と同じ戦略

*敵視主義

・そうはいってもスーパーマーケットの進出は脅威である。

・町をあげての反対運動、集団での陳情、反対署名集め

・厳しい条件~出店時期の先送り、営業時間の制限し、商店街の行事への参加拒否

などの敵視政策乎をとりました。

・しかし時流には勝てず、既存の焦点は次々と廃業し、全国の商店街はシャッター通 りと化しました。

・映画会社も商店街もともに一生懸命、真面目に考えた戦略でした。

・一生懸命、真面目に考えた戦略でも間違った経営戦略となり企業を衰退させ資産、 技術、人材の全てが無意味になってしまうのです。

・これが経営戦略の怖いところです。

次回は映画会社はどういう手を打てばよかったかを検討したいと思います。