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新聞やテレビなどで、殺人事件や幼児虐待が報道されるとき、その事件の周辺の人がインタビューで「叫び声を聞いた」「子供のあちこちに、アザがあった」と答えていることが多々あります。

これらの発言に対し、違和感を覚えることはないでしょうか?

「悲鳴を聞いたのなら、アザがあったのなら、なぜもっと早く通報しなかったのか」と。
社会評論家はそれを「都会の無関心」とか「人間的絆の喪失」という表現で嘆きます。
もちろんそれも原因のひとつかもしれませんが、もっと大きな原因は

①事件という認識がない、あるいは派手な夫婦喧嘩かもしれない
②もし緊急事態なら他の誰かがすでに通報しているだろう、自分の出番ではないと考えてしまう

このような現象を集合的無知と呼びます。
もし大勢いる中で重大な発作でも起こった場合には、早急に、まだ話せるうちに、気を失う前に、緊急事態だということを知らせなければなりません。

「助けて」と大きな声で訴える、そうしないと酔っ払いと間違われてしまうかもしれません。

次に群集から一人の人間を分離することです。
特定の人を指さして「そこのブルーのジャケットを着ている方、救急車を呼んでください」と頼んでから気を失わないと集合的無知の犠牲になる可能性があります。

サッカー選手でさえ、試合中に心筋梗塞で倒れることがあるのです。

人生いつ何が起こるか判りません。
転ばぬ先の杖です。